台湾旅行のYouTube動画を見ていたら、台湾大地震のときのかけがえのない思い出がよみがえりました。

2023年12月13日

1.はじめに

 最近、先日ご紹介したわが家のハウスウイスキー「ホワイトホース」を飲みながら、某有名旅行系ユーチューバーの動画を見て癒されるのが、私の毎晩の日課になっています。先日アップされた台湾旅行の動画を見ていたら、20年以上も前の台湾大地震のことを思い出しました。今回は当時の記憶をたどり、そのときの貴重な体験をお伝えしたいと思います。

ホワイトホースのご紹介
ホワイトホースのご紹介

 台湾大地震の記憶というと、少し悲惨なイメージを持たれるかと思います。確かに大変でしたが、台湾の方のやさしさに触れた、大切な思い出のご紹介になります。

2.台湾大地震に遭遇

2-1)ローカルなホテルに泊まる

 当時、台中にある関連会社との仕事で、何回か台湾に出張しました。上司と一緒に出張するときは、関連会社の方に高級ホテルを予約してもらえるのですが、身分の低い私一人のときは、ローカルなホテルとなりました。

 このときの出張は私一人だったので、必然的にローカルなホテルとなりました。その日は夕方に台中に到着して、現地駐在の方と夕食をご一緒した後に、そのローカルなホテルにチェックインしました。

 ローカルと言っても、造りはなんとなく中華風ですが、格としては日本のビジネスホテルの上のクラスと同じぐらいでした。

2-2)ベットに入った直後に

 部屋で少しくつろいでから、次の日に備えてベットに入りました。うとうととした矢先に、遠くの方から地響きのような音が近づいてきました。そしてその直後、今まで経験したことのない大きな揺れがありました。

 部屋のテーブルや椅子などが上下に踊り狂う音がしたのちに、何か大きなものが飛んできて、ベットの横に爆音と共に落ちました。部屋の外からは、壁が落ちる音も聞こえました。大きな揺れが収まってからしばらくして非常灯が点灯したので、薄暗い中でようやくベッドから起き上がることができました。

 足に何かに大きなものが当たったので、見てみるとなんと大型のテレビ(ブラウン管型の28インチぐらいの大きさ)がベットの横に転がっていました。この部屋は横長で、テレビはベッドから数メートル離れたところに設置されていました。

 テレビが、あと1メートル遠くに飛んでいたら、多分私の身体を直撃していたと思います。現在主流のLED、EL、プラズマなどのテレビと違い、当時のブラウン管型のTVはそれなりの重量だったので、胸をなでおろすと共に、よくそんなに重いものが、何メートルも飛んできたことに驚きました。

台湾大地震直後のホテルの部屋の中の様子
地震直後のホテルの部屋の中のイメージ(パワポで作成)

2-3)ホテルの外に避難

 部屋のドアを開けてみると、廊下と階段の壁の一部が崩れ落ちていました。さすがにまずいと思い、そそくさと身支度を済ませ、カバンに荷物を押し込んで、12階の部屋から薄暗い階段を、足元に気を付けながら降りました。

 ホテルの従業員の方も混乱しているようで、特に非難の指示もなかったので、まずはホテルの外に出て、上から物が落ちてくるといけないので、少しでも遠くにホテルから離れました。

 ちょうどホテルの前は道路になっており、その渡った先に川がありました。その川沿いには、多くの方が非難されていました。避難されているのは台湾の方ばかりで、日本人はどうやら私一人のようでした。

 空は不気味に唸りながら、時折つむじ風のような突風が吹き込んできました。結構大きな余震も、何度かありました。正直その場で、夜明けを待つしかありませんでした。

3.忘れられない笑顔とバナナの味

 そんな不安が絶頂の中で、「日本の方ですか?」と、初老の女性の方が日本語で話しかけてくれました。そして「もしよかっらどうぞ。」とバナナを譲ってくれました。その時、本当に救われた気持ちになり、不安も少し落ち着きました。

 戦前の日本統治の時代に生まれていた台湾の方は、日本語が話せて親日家の方が多いと聞いたことがありますが、このときそのことを自らの体験で確認することが出来ました。

 あのときの、初老の女性の方のやさしい笑顔と、甘いバナナの味は、今でも忘れることが出来ません。

台湾の方に頂いたバナナ
台湾の方に頂いたバナナのイメージ(パワポで作成)

4.ホテルだけ煌々と

4-1)翌朝駐在の方が救援に 

 翌朝、少し明るくなってきた頃に、昨日一緒に食事をとった現地駐在の方が、様子を見に来てくれました。最初ホテルの方に行かれたようで、その中の悲惨な様子を見て私の身を相当心配していただいたようでした。私がその方を見つけて声をかけると、本当にホッととしたお顔をされたことを覚えています。

4-2)関連会社のオフィスに向かう

 その後駐在の方の車で、まずは関連会社のオフィスに向かいました。途中ところどころで、壁が崩れている家を見かけましたが、その数年前に発生した阪神淡路大震災のときのように、多くのビルが倒壊し大火災が発生するということはなかったようでした。

4-3)何事もなかったように仕事が始まる

 関連会社のオフィスに到着すると、あらかじめ準備されてた会議室に通されました。その部屋の壁には少しひびが入っており、地震のすさまじさを物語っていました。

 そして現地の方が何人か入ってこられて、普通に会議が始まりました。このときは、台湾の方は本当にたくましいと思いました。

4-4)高級ホテルに移る

 一通り予定していた仕事を終えて、その日に泊まるホテルに向かいました。昨晩泊まったホテルは、全く機能していなかったので、台湾の大手グループが運営する高級ホテルに移ることになりました。

 街全体は停電で真っ暗でしたが、このホテルは自家発電で普通に営業されていました。まるで何もない砂漠の中の桃源郷のように、煌々と浮かび上がっていました。

 ホテルの中では食事なども普通にとることができ、このときばかりは暗闇の中で過ごされている現地の方々に、本当に申し訳ないという気持ちになってしまいました。

暗闇の中で自家発電で煌々と浮かび上がるホテル
煌々と浮かび上がるホテルのイメージ(パワポで作成)

5.おわりに

 以上が、台湾大地震のときの体験談になります。大変な経験をしましたが、その中で触れた台湾の方のやさしさは、今でも大切な思い出になっています。

 そんなやさしい方がいる台湾に、また行きたい考えています。位置的には石垣島のちょっと先なので、わりと気軽に行ける距離です。

 先日オミクロン対応のワクチンを打ち終えて最新の免疫力を授かったので、あとは新規感染者数の動向をにらみながら頃合いを見計らって、ぜひまた台湾に行って現地の方々のやさしさに触れてみたいと思います。

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