我が青春を彩ったクルマたち:番外15(いすゞの名車:ベレット編【後編】:ベレットは日本初のGTでした。)

1.はじめに

 前回【前編】では、いすゞ「ベレット」の車両概要を中心にご紹介をさせていただきました。その存在は、時代の先をいく先進技術がおしみなくつぎ込まれた革命児でした。

「ベレット」のご紹介ブログ【前編】
「ベレット」のご紹介ブログ【前編】

 今回【後編】では、「スカイライン」と競い合った日本初の[GT]についてのお話しを中心にご紹介したいと思います。

 なお本ブログは、私の少年時代のつたない記憶と、定期購読誌「国産名車コレクション」、「名車文化研究所」や自動車メーカーなどのサイト、を参考にして書いていることをご承知おきください。

2.日本初の[GT]誕生

 ”ベレG” の愛称で親しまれた「ベレット1600GT」は、我が愛車ケンメリ(4代目スカイライン:マイナーチェンジ後なのでGC111)にも与えられている[GT]の称号を、日本で初めて冠したクルマでした。

我が愛車ケンメリのGTバッチ
我が愛車ケンメリのGTバッチ

 一応おさらいですが、[GT]とはイタリア語でGran Turismo、英語でGrand Touringの頭文字をとっており、スポーツカー並みの走行性能と乗用車並みの居住性で、より遠くまで、より早く、より快適にいくことができる、という意味となります。最高のクルマです。

 「ベレット1600GT」は第2回日本グランプリ自動車レース(以下第2回日本グランプリ)の直前に発売されたクルマでした。

 そしてもう1台、同レースの直前に発売されたクルマがありました。こちらはもともと直列4気筒エンジンが収まっていたフロントを、無理やり20cm伸ばして直列6気筒エンジンが押し込まれた「スカイラインGT(まだ2000はついていませんでした)」でした。

 両車の発売日は「ベレット1600GT」は1964年4月、「スカイラインGT」は1964年5月で、確かに「ベレット1600GT」のほうがわずかに先でした。

 ただ発表日となると、「ベレット1600GT」が1964年4月、「スカイラインGT」は1964年3月で、「スカイラインGT」のほう先となっていました。

 こうなると、どっちが先だ論争が起こるわけですが、実は「ベレット1600GT」は1963年10月開催された「第10回日本自動車ショウ(翌年から東京モーターショー、現ジャパンモビリティショー)」で、「ベレット1500GT」の名で発表されており、「ベレット」は発表日、発売日ともに日本初の[GT]でした。

3.第2回日本グランプリ

 「スカイラインGT」が参戦した第2回日本グランプリは、1964年4月28日から 5月3日に三重県の鈴鹿サーキットで開催されました。あまり積極的にアナウンスさえていませんが、「ベレット1600GT」も「ベレット1600」という名前で参戦していたようです。

 まじかに東京オリンピック1964を控え、世の中は高度経済成長期真っただ中で、モータリゼーションの普及に拍車がかかり、第2回日本グランプリは最高の盛り上がりだったようです。

 とくに「スカイラインGT」や「ベレット1600」の属する1001㏄から2000㏄までの「GT-Ⅱ」は花形のカテゴリーで、各メーカーはその威信をかけて、周到な準備を進めていました。

 「スカイラインGT」を擁するプリンス自動車工業(まだ日産と合併する前でした)は、前年の第1回日本グランプリで、メーカーは寄与しないという紳士協定を守ったがゆえに、他のメーカーに抜け駆けされるという苦汁を飲まされており、この第2回日本グランプリには並々ならぬ決意がありました。

 その甲斐あって「スカイラインGT」はほぼ優勝間違いなしといわれるまでに仕上がっていましたが、なんとレースの直前に、「GT-Ⅱ」の国際レースで戦うために開発された「ポルシェ904(車名はポルシェカレラGT-S)」の参戦が決まりました。裏で某自動車メーカーが動いたという黒い噂もありました。

 みごとな仕上がりをみせていた「スカイラインGT」ですが、レース専用に開発された「ポルシェ904」の敵ではなく、レースをする前からその勝敗は明らかでした。

トップを疾走する「スカイラインGT」のイメージ
トップを疾走する「スカイラインGT」のイメージ

 そしてレースは始まりました。もちろん式場壮吉選手の操る「ポルシェ904」がトップを走り、誰もがレースはそのまま終わると思っていました。

 ただそんな中で奇跡が起こりました。

 「ポルシェ904」が周回遅れのクルマを抜きあぐねているところを、生沢徹選手の操る「スカイラインGT」がトップをとり、メインスタンドに帰ってきました。

 スタンドを埋め尽くした観客は総立ちとなり大歓声を上げました。歴史に残る瞬間でした。

 その後「ポルシェ904」は再びトップに立ちレースは終わりました。ただ翌日の新聞には “泣くなスカイライン、鈴鹿の華" という見出しで、大々的に「スカイラインGT」の健闘をたたえたようです。"スカG" の歴史が始まりました。

 ちなみにレースの結果ですが、「スカイラインGT」は2位~6位、8位で、「ベレット1600」は15位でした。日本初の[GT]の称号は譲りましたが、レースでは「スカイラインGT」の圧勝でした。

4.[GTR]も登場

 1969年11月には、「ベレット」のラインナップの最高峰のモデルとなる[ベレット1600GTR]が発売されました。「117クーペ」の高性能1.6リッター直列4気筒DOHC(Double Over Head Camshaft)を搭載し、強化サスペンション、強化ブレーキなどのサーキットで培った技術がつぎ込まれた、なかなかスパルタンなモデルでした。

 ちなみに[GTR]といえば「スカイライン2000GT-R」が頭に思い浮かびますが、こちらは1969年2月の発売ということで、[GTR]に関しては「ベレット」は「スカイライン」に先を越されたようです。

 その後[ベレット1600GTR]は1971年10月に、なぜか「ベレットGT typeR」に改名されています。先を越されたのが、ちょっと悔しかったのかもしれません。

[ベレット1600GTR]の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)
[ベレット1600GTR]の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)

5.各車の主要諸元

 「ベレット」の[GT]の主要諸元を下記に示します。各車とも全長と全幅は同じですが、全高は足回りを強化した「ベレット1600GTR」が一番低く、いわゆるローダウンモデルとなっています。

 走行性能は「ベレット1600GTR」が突出しており、当時の[GT]カーの象徴的な存在である「トヨタ2000GT」や「スカイライン2000GT-R」に肉薄する数値を誇っていました。

「ベレット」の[GT]の主要諸元

6.おわりに

 以上が【前編】【後編】の2回に渡る「ベレット」のご紹介となります。「ベレット」は1974年9月まで約11年間販売され、その後後継の「ジェミニ(発売時はベレット ジェミニ)」にバトンを渡しました。

 発売当初は、前述の通り先進性に富んだメカニズムで革命児と呼ばれるほどの存在で、販売実績も好調で私の実家の近所でもよくみかけました。

 ただ同クラスの、とくに日産の「ブルーバード」とトヨタの「コロナ」が、いわゆるBC戦争を繰り広げ、切磋琢磨して商品競争力を高めていく中で、フルモデルチェンジのない「ベレット」の販売は次第に低迷していきました。

 ただそのブルドッグのような愛嬌のあるフォルムは、今でも忘れることができません。いすゞの誇る名車のひとつでした。

「ベレット(左)」と ブルドッグ(右)
「ベレット(左)」と ブルドッグ(右)

<我が愛車ケンメリ関連のブログのメニュー入口>

 我が愛車ケンメリとの様々なエピソードや、私の記憶の中にしっかりと刻まれている数々の往年の名車たちをご紹介していますので、ぜひご覧になってください。

我が愛車ケンメリ関連のブログのメニュー入口
我が愛車ケンメリ関連のブログのメニュー入口

■ケンメリブログ名車アーカイブ(懐かしいクルマたちに必ず出会えます。)