我が青春を彩ったクルマたち:その6(2代目カローラのクーペモデル編【後編】:元祖レビンは27です。)

1.はじめに

 前回(その5)では、やたら運転が上手い友人が乗っていた「2代目カローラのクーペモデル:カローラクーペ」と、その「カローラ クーペ」をベースに造られた超スパルタンモデルの「カローラ レビン:以下レビン」をご紹介しました。

その5:「カローラ クーペ」のご紹介[前編]
その5:「カローラ クーペ」のご紹介[前編]

 今回【後編】では、前回ご紹介した「レビン」が、その後どうなっていったのかをご紹介したいと思います。

 なお本ブログは、私の学生時代のつたない記憶と、定期購読誌「国産名車コレクション」、「名車文化研究所」や自動車メーカーなどのサイト、を参考にして書いていることをご承知おきください。

2.「レビン」が姿を消す

 「レビン」は、1974年4月にフルモデルチェンジされ2代目TE37型となるものの、心臓部である1.6リッター直列4気筒DOHCエンジン(2T-G型)が、キャブレターのままでは厳しい昭和50年排ガス規制をクリアすることができず、わずか半年あまりで姿を消してしまいました。

 その生産台数は「ケンメリ(4代目スカイライン:GC110)」のGT-Rの197台にも迫る少なさで、極めて希少価値の高いクルマとなりました。

 そして姿を消してから2年ほど経過した1977年1月に、いよいよ「レビン」はEFI(電子燃料噴射装置)や酸化触媒などを採用し、なんとか昭和51年排ガス規制をクリアして復活しました。

 TE37型はハードトップでしたが、この復活のタイミングで兄弟車の「スプリンター トレノ」と共通のクーペタイプとなり車両型式はTE51型に変わりました。さすがのトヨタも、この頃は厳しい排ガス規制への対応で、懐事情が厳しかったようです。

 ただ復活はしたものの、当時のクルマは我が愛車「ケンメリ(前述のGT-Rではありません)」も含め、軒並み厳しい排ガス規制で牙を抜かれており、「レビン」も例外ではありませんでした。

 数値上のパワーダウンは5馬力程度でしたが、実際乗ってみるとやたらタコメーターは威勢がよくすぐにレッドゾーンに飛び込んでいくのですが、車速はそれほど上がっていませんでした。いわゆるメーターチューンといわれていたやつです。

 ちなみに(2T-G型)エンジンの兄貴分にあたる2.0リッター直列4気筒DOHCエンジン(18R-G型)は、厳しい排ガス規制をキャブレター仕様のままで、酸化触媒を追加するなどしてなんとか存命しました。

 これは当時としてはすごいことでしたが、その見返りとして15馬力もの大幅なパワーダウンを強いられました。ただそのエンジンは、走りはともかく音だけは、ソレックスツインキャブレターの爽快な吸気音を奏でる昔ながらのDOHCエンジンでした。

3.AE86型「レビン」登場

 3代目TE71型を経ていよいよ1983年5月に、「カローラ」史上最後のFR(Front engine Rear drive)車となり、のちに若者の間で大人気となる4代目AE86型「レビン」が登場しました。この時点でセダンはFF(Front engine Front Drive)車に移行しており、「レビン」はFRのクーペモデルの総称となりました。

 DOHCエンジンのみが「レビン」だ!と鼻息があらかった私ですが、あとで初代TE27型「レビン」にも、「レビン J」という1.6リッターのOHVエンジンを搭載したグレードがあったことが分かり、ちょっとおとなしくなってしまいました。

 そしてこのAE86型「レビン」の中でDOHCエンジン搭載モデルは、引き続きスポーティグレードとして位置付けられました。エンジンは(2T-G型)から16バルブ化された(4A-G型)に移行し、呼び名はDOHCからツインカムとなりました。

 ただその後まもなくして、トヨタはハイメカツインカムという、バルブ角を狭くして小型・軽量化した、パワーではなく効率を重視したDOHCエンジンを投入してきたので、DOHC=高性能という図式は成り立たなくなりました。

 その後、トヨタ以外の各自動車メーカーもエンジンのDOHC化を進め、いつの間にやら高性能エンジンの代名詞であったDOHCは、レシプロエンジンの定番となりました。そういえば私のもう一台の愛車、日産「ジューク」のエンジンもDOHCです。

AE86型「レビン」の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)
AE86型「レビン」の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)

4.「27」ではなく「86」

 「レビン」はFF車となってからもしばらくは継続設定されましたが、2000年8月の8代目「カローラ」、「レビン」としては7代目の販売終了をもって、28年の生涯の幕を閉じました。

 その後「レビン」は、前述のAE86型「レビン」を中心に、中古車市場で大人気モデルとなり、結構な高値で取引されるようになりました。そんな中で、このAE86型「レビン」の復活を望む声が、日増しに高まっていきました。

 そして「レビン」の販売終了から12年後の2012年4月に、トヨタはFRのライトウェイトスポーツカー「トヨタ 86:以下86」を発売しました。「86」という名前はよく知られている話ですが、「レビン」最後のFR車となったAE86型に由来しています。

 私の年代(前期高齢者)にとっての「レビン」は初代のTE27型なので、「86」ではなく「27」の方がよかったのではないかと思いましたが、「86」のメインターゲットとなる若者たちに「27」といっても、おそらくピンときていただけません。致し方無しです。ちょっと寂しいです。

「トヨタ86」の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)
「トヨタ86」の外観(国産名車コレクション付録ミニカー)

5.「レビン」一族の主要諸元

 以上ご紹介した「86」も含む「レビン」たち、いわゆる「レビン」一族(私が勝手に名付けました)の主要諸元を下表に示します。全幅こそ新しくなるにつれて広くなり、「86」は3ナンバー車となっていますが、全長、全高は思ったほど変わっておらず、「86」は「レビン」のライトウェイトスポーツカーのスピリットを、しっかりと受け継いでいることが分かります。

勢揃いした「レビン」一族(国産名車コレクション付録ミニカー:一番左のTE27型「レビン」は姉妹車の[トレノ]です)
勢揃いした「レビン」一族(国産名車コレクション付録ミニカー:一番左のTE27型「レビン」は姉妹車の[トレノ]です)

 【前編】でも少しお話ししましたが後輪サスペンションは、TE27型はリーフリジット、AE86型は4リンクリジット、「86」は独立懸架のW(ダブル)ウィッシュボーンとなっています。

 ちなみに「レビン」の旧態依然としたリーフリジットは、3代目カローラ(2代目TE37/51/55型「レビン」)までしぶとく採用され、その後もAE86型「レビン」までは4リンクのリジットのままで、FF車になってようやく4輪ストラットの4輪独立懸架となりました。

 やはりFR車で後輪を独立懸架にしようとすると、リアデフから車軸までにユニバーサルジョイントや独立して車輪を支えるアーム類などが必要となり、部品点数が増えてコストがかかるので、「レビン」というよりはベースモデルの「カローラ」自体に、合理的な選択がなされていたようでした。

「レビン」一族の主要諸元

6.おわりに

 以上が【前編】【後編】の2回に渡る、やたら運転が上手い友人が乗っていた「カローラクーペ」と、その「カローラ クーペ」をベースに造られた超スパルタンモデルの「レビン」、そしてその後の「レビン」についてのご紹介になります。

 最後にご紹介した「86」は、発売からすでに10年以上経過していますが、今でもオーナーの好みに仕上げられた多くの個性的な「86」を街中で見かけます。ただ発売当初に比べるとその販売台数は大幅に減少しているようで、次期モデルの登場が期待されるところです。きっとトヨタならやってくれると思います。

 かってはトヨタのライバルだった日産にも、ずいぶん前に姿を消したFRスポーツの「シルビア」の後継モデルの登場に、多くの期待が寄せられているようです。

 ただビジネス的にその実現はなかなか難しいと思うので、せめて先日受注再開を発表した本格FRスポーツ新型「フェアレディZ」の、日本市場への潤沢な供給をお願いします。がんばれ日産。

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